屋根裏

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卒論プレゼン資料

tiefのところで知った検定で遊んだり、gnuplotの技術にトキメイたりしてる内に、いつのまにか出来ていたのでそのまま持って行ったら・・ね。
明日までにもう少しなんとかしないと。
にしてもgnuplotでの遊びのなんと楽しそうなことか。
excelのときはなんとも思わなかったのだけれど・・・。


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physics | コメント:2 | トラックバック:0 |

天体観測2

二昨日からのことを話すのが最近の僕について知ってもらうのに最も効率がいい方法なのではないかと思う。

思考上、金曜日の朝に時間を戻すことにする。
なぜだかすっかり忘れてしまったけれど、とにかくほとんど徹夜でその朝を迎えた僕は、先生と卒論について相談するために学校に向かった。
8時から一人で作業して、10時から11時まで先生と話すことができた。
1時間ではあったけれどなすべきことを把握できたし、バックグラウンドについての理解も少しは深まったような気がする。Bondi flowが僕の研究の始まりのキーワード。
さて、11時からは理論(S5と呼ばれる卒論グループで、僕のほかに生徒がもう一人いる)での卒論の打ち合わせ。およそ10分程度の発表になるだろうと教えてもらった。
pptを作らなければならないが、8枚程度に纏めることがネックになりそうだ。

さて、その打ち合わせは連絡程度ですぐに終わり、またPC室へ戻って先生と1時間弱作業をした。
ただし、正直にいえば、このあたりの僕の時間感覚は正確ではない。

恐らく13時半だったと思うのだけれど、僕は学生控え室に戻って仮眠を始めた。
一瞬で意識を失ったので確かではないが、友人の誰かの迷惑になった記憶がある。

ふと気付けば14時半で、数値計算の理論ゼミの時間だ。
今回は数値計算というよりも流体の理論の話だった。交通方程式(連続の式でvが(1-\ro)Vmaxと書けるもの)の話だった。前、前々回は欠席していたのだけれど、そちらのほうの話のほうがよほど出席すべき内容だったという後悔とともに耳と意識を傾けていた。

16時頃に終わって、少し先生と話をして、僕は真っ直ぐ家に帰った。
野暮用があったけれど、それよりも何よりも、そう、寝るためである。
きっちり1時間半ほどの睡眠を取れたことは僥倖だ。

19時からは理論の雑誌会(僕はまだ出席したことがない、してみたい)の打ち上げにお邪魔してきた。
なんとかいう河原町三条近くで鍋料理。
外国からの人が3/11だったので(内2人が招待)、自己紹介を英語でしろとのことだった。
いくつかの成功と、いくつかの失敗の記憶がまざまざと頭に焼き付いている。
失敗は、’先生’を"superviser"と呼ばなかったこと。ここは高校ではない。
あるいは自己紹介の最後に"That's all."と言ったこと。
成功のうち最も大きかったのは、pottery「陶芸」という単語で、これは先生方にいい印象を与えることに成功したようだ。
しかしながら、生意気なヤツだと直接言われた点も考慮すれば、今回僕にいいところはなかったと言わざるを得ないのは非常に遺憾だ。

ビールを瓶一本くらい飲んだ気がするが、それ以上は飲んでいない。
そして十分とは言えないが満足できる程度には食べた。

二次会にもお邪魔しようかとも、ふと思ったのだが、何か頭をよぎるものがあったので部室へ。
このときは作陶が目的だった。
断じて言うが、何もA氏とかHんが、にやりと笑って僕を迎えてくれるなんてことは思いもしなかった。
彼らとのそこらの感情の共有は・・うぅん、なんとも味わい深い。
とにかくも、僕たちは朝まで麻雀をすることになる。
勝ったような気がするが、いつものことだ。
今のところ総合得点では4人打ちでも、サンマでもトップに立っている。

土曜日は中休み。
学校に行ってのんびりとしていた。
学生控え室には僕だけで、皆はPC室かどこかにいるのだろう。
思うにやはり昼の気候は気持ちのいいもので、夜しか生活しないというのはどうも非人間的だ。
午後のコーヒーのなんと美味いことか。
さて、そこらの散歩でも・・
という夢を見た。

最近は土星が見えるらしく、そして運よく久しぶりの好天気。
今日こそ観なければと思いつつ、15時過ぎに起床です。
そこへねぃさんから情報が届く。

チチキトク
彗星も観えるらしい!
ワクワクを抑えながらネットを徘徊して夜を迎える。

観測は一人がオツだとは思いつつも、寂しがり屋かも知れない僕は幾人かと外へ出る。
本日ハ晴天ナリを体言するような空模様で星が美しい。
早速望遠鏡を設置して、当りをつけて、土星を観測する。
メンテを怠っていたためか、少し調子が悪かったけれど、土星は観えた。
多分リングも見えたんだと思う。
というのも僕の望遠鏡の性能の問題で、観えたという人がいたりいなかったり。

土星の近くにあるらしいルーリン彗星は肉限はおろか望遠鏡越しにも見えなかった。
性能の問題だろうか。

もっといい望遠鏡が欲しくなった。

さて、部室に戻ると人数はたまたま”ちょうど”4人。
麻雀ですね。
しかし明日の都合を鑑みるに、やるべきではないのは証明終了。
一回で終わろうと思っていた。
ら、飛んだ。僕が。
東3、僕の親になる前のことだった。
皆も満足できる様子ではなく、しょうがなく2半荘目へ。
東4、僕の親番、北家がハネ満ツモで僕が飛んだ。
皆から一様連続にザマァ的な空気が漂っていたけれど、僕はもう一度のチャンスを請うた。
そして、南2、僕は大空へ羽ばたいた。
時間は7時、朝日が目に滲みるいい朝だった。

帰宅して腹を満たせばすぐに就寝し、10時からのサッカーに備える。
なんてこった!2時間後!
10時に起床。
3年ぶりのまともな運動に胸をときめかせながら農学部グラウンドへと向かう。
宇宙物理学科のサッカー青年たちの体と体のぶつかり合い。
それがまさか4時間にも渡るとは、このときの僕には想像すらできなかったし、今思うだに恐ろしいぜ。
僕より圧倒的に暴力的な程マキシマムのタクティクスな先輩たちについていこうと必死wな僕はクリティカルで生まれたてのカモシカのように足を震わせながら何とかサッカー?をし、ものの見事に足を攣った。
それでも最高にハイな気分になれたし、爽やか三組も怖くないほど青春を謳歌していたと思う。

14時過ぎ、精神とときの部屋に居たかのように友人との間のギャップを感じながら僕は帰宅し、ネットを巡回した後に泥のような睡眠に落ちる。時は17時を指していた。

19時、Tに叩き起こされる。
だが僕は彼女に感謝する。なぜならばそれは、その時間、陶芸部の追いコンがあるからだ。
わぉ。
きさきという豆腐屋で鍋を食う。
豆腐屋だというのに、普通の豆腐なのが残念だった。
重要な位置を占めた人たちが陶芸部から出て行くのに拍車をかける残念さであった。

二次会を過ぎ、人がまばらになった頃からHんが麻雀に心奪われる。
僕は4人にならなければやらないつもりだったのに、彼はもう・・。
麻雀は好きだけれど、もっと人と話したいよ。
せめてカラオケ・ビリヤードでは?
と思いつつも僕は重い目蓋には勝てず、寂しい思いをした人も何人かいたろうと思うが、僕は椅子から目を閉じて天井を見上げることしかできなかった。

ふと目を覚ますと5時。
たぴさんが帰るというので代わりに続きを打った。
トップで受け取り、得点を増やしてトップのまま終えた。

6時前に帰宅して睡眠。
18時までついぞ目を覚ますことはなく、布団への愛を確かめた。
そして先生との打ち合わせに向かい、少しばかりプログラムを進めて帰宅。
今に至るというわけだ。

おやすみなさい。
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ただそこにある

楕円がある。
平面に描かれたその楕円は、楕円であるということしか分からない。
つまり、長軸短軸焦点中心という情報が与えられていない。

このとき、定規とコンパスを使ってこの楕円に短軸と長軸を作図して欲しい。

これ以前書いたかも知れない。
でも凄く気に入っている問題なので記録のためにも。

--

iddyを始めた。
http://iddy.jp/profile/adbmal/
これは便利!
なんという一覧性操作ええ感じ。
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楽しいこと



2月になって、短かった髪も伸びた。
久しぶりに会う知人に25歳くらいに見えると言われ、髪を切ろうかと思った。

こどもとおとなって、いい意味と悪い意味がある分、使うときにも使われてるときにも注意が必要だけれども、僕の中ではこどものほうが常に上のレベルにある。

こどもは、「僕なんてまだまだ」という感じ。
おとなは、「僕なんてもう」という感じ。

こどものほうが断然いい。
おとなは妥協の塊のように見えてしまう。
その妥協は、生きていくには必要なものなのかもしれない。
でも、それを認めるためには生きていく必要はそもそもあるのだろうかという問いにも答えなければならない。というか、僕はこれを否定する。
生きていくことに別段意味はないのだから、それを理由に妥協することはなんら賢い選択ではないと思う。
何かに挑戦するときに、生命を恐れて躊躇うことはしたくない。

だからと言って、何にでも拘泥してしつこく付き纏うのも汚らしく見えてしまう。
必死さが恥ずかしい。
ストイックにありたいのだ。
諦めず、かといって拘泥もしない。
そんな生き方は綺麗だと思う。
でも、それじゃあ始めから興味を持って突っ込む範囲を限るしかないわけで、その諦めがまたおとなに通じている。
最近はそれでもいいと思っているので、やはり僕は、少しずつ階段を下りているのかも知れない。
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パズルゲーム

テトらせ

僕自身はあまりやりこんだことはないけれど、これは素直に面白い。
アルゴリズムが気になるけれど、やねうらおさんのところで見たテクは入っていないようで(横スライド)、人はまだまだ上手い様子。コンピュータももっと上手くなりそうだ。

人間が解くパズルをコンピュータにやらせるというのはいつも興味深い。
最近、iPhoneの将棋ゲーム(柿木将棋)をよくやっているのだけれど、レベル5(6が最強)には素じゃ勝てない。
僕が弱いだけという話もあるが、彼には学ぶべきところが多々ある。僕の棋力も大分マシになってきたんじゃないかと思う。

やねうらおさんのところにもあったけれど、これも中々に面白いことだと思う。
コンピュータから学ぶということだ。
普通の意味でなら、それは僕のように定石を学んでいたり、単語練習帳であったりして、それは作成者の思ったとおりの動作なわけだ。
けれど、テトリスなんかじゃアルゴリズムを組んだだけのものから、人の思考ルーチンでは見つからなかった意外なテクニックが見つかる。
それは、作成者の知能だけでは説明できない何かがある。

最近アシュリーさんの記事で機械の知能の話があって思考のはけ口になっていたけれど、これも、機械の知能が人のそれとは異なるかも知れないということの一つの例になるんじゃないのだろうか、などと考えていた。

また、計算量じゃ人間がコンピュータに敵うはずもないのにも関わらず、チェスのディープブルーでは人間といい勝負だし、将棋にいたってはプロのほうが強い(まだこれは正しい?)。
これも、知能の、優劣という意味ではなく、違いとしての、差だと思う。

纏まっていない記事だけれど、そこはかとない面白さを感じたので書いておく。

-追記-

トラバが遅れていないようだったので再送信。
と、参考URL。

アシュリーさんの人工知能についての記事の始め
http://grizz.blog60.fc2.com/blog-entry-719.html

テトらせを見つけたやねうらおさんのエントリ
http://d.hatena.ne.jp/yaneurao/20090208#p1
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点に関連した別の問題

前回の問題を友達に出したとき、別の問題を受け取った。

4つの点を平面上に配置したとき、それらを結ぶ線分の長さが2種類になるような配置はどのようなものか。

これも答えは複数あって、難しいと思われるのが一つある。
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クリエイティブ・コモンズ

始めに。大切なのは最後のほうだけ。
残りは備忘録です。

--
著作権のあり方が変わろうとしている。
と思う。或いは願う。

やることやった人に対して報酬が支払われるのは当然のことだし、その成果を対価なしに得ることは法に触れずともやってはいけないことだろう。
しかし、ネットの自由度を縛ってしまうことは、情報化の進む社会では避けなければならない。
だが、今の改正案ではこれは成せない。
(→改正するな→権利者が損する→始めに戻る)

というのはよく目にするけれど、こないだどこかのコラムでこの逆を見た。

改正しても支払われないような報酬が存在する。
すなわちそれでは結局問題の解決にならない。ということのようだ。

例えば(というかそのコラムではその話しかなかったのだが)ニコ動のような製作者にビタ一文報酬のないシステム(一部例外を除く)。
今良い動画が作成されることでリアルな利益を得ているのはニコニコ動画だけだ。
これは先ほどの上の条件を満たしていないために不適切であることは否めない。
というか、ぶっちゃけおかしい。
ある程度のクオリティを無償で保ち続けるような体力を作成者に求めるような体制が長持ちするはずがない、という人が大勢居てもおかしくない。

だから正しい、というわけではないが、youtubeでは金銭的還元が始まったようだ。
これに対して日本ではこのようなコンテンツクリエイターに報酬が支払われることはない。
内容は全てクリエイターが用意したものであるにも関わらず、だ。
どうやら日本的(?)な考えの下では金儲けは”悪”であるとされているようで、報酬が欲しいとは言い出しがたい環境なのだ。
それに加え、ニコニコ動画は何もする気配がない。
それどころか、ニコ厨として名を馳せる「ベルセルク」作者の三浦健太郎氏に無償で「がくぽ」の絵を描かせた。
描いた本人もどうかと思うが、これは断じてニコニコ動画が断るべき場面だったと思う。
(正しくは依頼したのは別会社であるが、仲介したのはニコニコ動画)
”プロがプロの仕事を無償でする”というのは祭り的心情で見ればはっぴを着てはしゃぐところかも知れないが、これからのネットを考えるのならば、これはとんでもない前例になりうる。
曰く「プロがタダでやるのに、肩書きのないものが有償でやるのか」と。

これも正せ、というのだ。

ま、これも最近よく目にする意見の一つではある。

クリエイティブ・コモンズなるものがある。
作ったものを著作権フリーで共有しようという考えだ。
著作権という問題を無視するという方法で解決しようと・・や、それは違うか。
「認め合う」という行為で全てを満足しようというかのような取り組みだとも思うが、それで廻るなら廻って欲しい。実際この響きはとても魅力的だ。
でも、ま、自分の作品の宣伝(アップされているのはお試し版、とか)であったりするようだけれど。(ニコニコでもこのような使い方をたまに見かける)
これもひとつの戦略としてアリなような気がする。

もうひとつよく聞くのは、果たして著作権違反された側にとってソレは不利益なのかということだ。
またしてもyoutubeの話になるが、角川は公認MADなるものを作った。
いくつかの条件をつけて2次創作作品を認めるような制度を用意したのだ。
ニコニコ動画で見るように、MADの下の市場での本家の売り上げは権利者にとって不利益以上の利益になるのではないのだろうか。
いや、利益となる、と考えた企業があるということだ。
これでは一番初めに挙げた改正(権利者からの申請がなくても立件)はダレトクとなってしまう。

はてなのポイントという制度も面白いと感じた。(2chにも似たようなのがあった気がするが

権利者の利権と、今まで省みられることのなかった作成者たちの利益がどうなるのかが、楽しみだ。
と思える社会であり続けて欲しいと思う。

と思っていたところでまた大きなところが動いたようだ。
講談社が漫画のネット掲載だけでなく、二次利用(ブログ貼り付け)も認めた。

今日マチ子 みかこさん

一話分upされていたから興味のある方は是非。
正直に言うと、これだけ?と思ったりしないこともなきにしもあらず。
これも宣伝効果が期待できる。しかもタダだから・・(働くのは僕ら。さて、これの還元はあるのだろうか?楽しさだけ、でも、それでいいかも・・。

著作権といえば、の動画も挙げておく。
有効年月50年が延びようとしているのは彼らの意・・おや、誰か来たようd


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